2024年に参与観察から記録をとり始め、2025年には郷土料理を「集まる」と「合間」に調理する料理とした。2026年には、郷土と人が混ざるための方法として「一緒に料理をする」をテーマに、集まってくれる人と記録している。
□ 商品ができるまで。
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□ 郷土の記録。
山に囲まれた月楯集落の夏は暑い。
畑には赤紫蘇が、庭には青紫蘇が群生している。
この青紫蘇で親戚の婆さんたちは「冷汁」を作る。
きゅうりを切って、味噌とごまをすり鉢でする。みょうがを入れて、豆腐を入れて、氷を入れる。最後に、青じそを入れる。私にはこれは郷土料理だった。
でも母に聞くと、少し違った。
農作業が忙しくて、仕事を止められないときに食べるものだったという。なるべく手早く作って、冷たくして、ご飯にかける。
「ねこまんまみたいなものだった」と言った。
それでも、きゅうりは近所の人からもらったものだったり、梅は前年から保存してある。私はそういう関係のあるところに郷土料理が立ち上がるのだと思う。
他の婆さんから聞いた話だと、「飯碗を洗いに井戸に行くとき、きゅうりも一緒に持っていった」と言う。
冷たい井戸水とちょっと硬くなったお米。それにきゅうりが合わされば、冷汁の原型みたいだと思った。きゅうりも塩揉みしたきゅうりから、味噌をつけたきゅうりに変わっていったかもしれない。
料理の名前を残すだけでは、この料理は残らない。
その手は正確に何をすべきかを知っていた。どのぐらい味噌を加えるか。すり鉢の手の動き。どれだけしっかり冷やすか。